工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 4-15合成樹脂塗料の種類別生産量の推移

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-15 合成樹脂塗料の種類別生産量の推移

  塗料は流動状態で被塗物を覆い、被膜を形成する。よって、塗料の必要条件は、①流動すること、②くっつくこと、③固まることになる。そのため被膜になるビヒクルは、一般に樹脂、溶剤からなる有機化合物の液体である。合成樹脂塗料の開発が進む1960年以降になると、塗膜形成時に大気中に飛散する有機溶剤(VOC)が光化学スモッグや大気汚染の原因物質であることがわかり、VOCを削減する塗料に開発の目が注がれてきた。一方、車社会の進展で化石燃料の燃焼によるCO2濃度の増大は地球温暖化に拍車をかけ、環境と開発の持続可能な共存が21世紀のテーマになって居る。

  塗料・塗装作業では、VOCの削減と同時に、CO2ガス発生防止のために焼付け温度の低温化やFlash offの軽量化(温度と速度)が進められている。本章のテーマである“塗料の変遷”に従い、今回は、1984年度から現代までの合成樹脂塗料の種類別生産量の推移を図4-31に示し、塗料工業はどのように変化しているのかを解析する。

1.種類別生産量の推移から判ること

  前回示した図4-30のデータはVOC削減がどのように進んできたかを調べたものであるが、図4-31に示すデータは、代表的な塗料について約40年間の変遷(隔年データ)を表すものである。まず、データから判ることをまとめる。

図4-31 合成樹脂塗料の種類別年間生産量の変化
図4-31 合成樹脂塗料の種類別年間生産量の変化

(1)図4-31のグラフからの判別が難しいから、図中の塗料名を点線で囲んで、識別した。年間生産量の推移を見て、低下、上昇に大別した。その結果、

  • A.生産量が低下している塗料:アルキド樹脂系塗料、アミノアルキド樹脂系焼付塗料、アクリル樹脂系塗料
  • B.生産量が上昇している塗料:水性樹脂系、ウレタン、エポキシ樹脂系
  • C.ほとんど変わらない塗料:エマルションペイント (ほとんどが建築用塗料であると、考えられる。)

(2)常温硬化塗料の主流である油変性アルキド樹脂系は、1990年のピーク値で25万tを示し、その後、激減し、2021年度では約7万tになった。これに代わる塗料として、エポキシ、ウレタン樹脂塗料が登場しているが、両者はほぼ同じ生産量を示し、2008年のリーマンショック時までにそれぞれ14万tまで増大したが、それ以降は僅かながら低下し、2021年度の生産量は両者とも11万t程度で、安定している。

(3)金属塗装ラインを代表するアミノアルキド樹脂系焼付塗料は、1990年度に約17万tとピーク値を示したが、1992年度において水性樹脂系塗料に追い抜かれ、2021年度の生産量は5.5万tまで低下した。アクリル樹脂系も同様に低下し、1990年度のピーク値の約15万tから半減している。溶剤系焼付塗料(アミノアルキドとアクリル)の1990年度の総量は約32万tで、2021年度のそれは約13万tであり、減少分は約19万tである。一方、水性樹脂系は1990年度以降も約15万t以上をキープしているが、経年での増加分が小さい。よって、統計データからは水性樹脂系が溶剤系焼付塗料の減少分に置き換わったとは言い難い。実際には、アクリル樹脂、メラミン樹脂が水性になって、溶剤系塗料から水性樹脂系に置き換わっている。

(4)VOC削減の代表選手である粉体塗料は微増しており、2019年度に4万tに達した。絶対量は少ないが、年間生産量の構成比は着実に上昇している。本来ならばもっと伸びても良いのに、なぜ、伸び悩んでいるのかについては、回を改めて考察する。

(5)塗料の年間生産量、および生産量構成比の推移から、塗料は環境対応と高品質化(アルキド樹脂からエポキシ、ウレタン樹脂への移行)へ着実に向かっている。

(6)合成樹脂塗料の先駆けとなった長油性アルキド樹脂は植物油を使用することから環境対応型(植栽型)塗料の側面も持っている。 この塗料は図4-24図4-26に示すように油の配合割合で、短油性、中油性、長油性アルキド樹脂になり、短油性樹脂はアミノアルキド樹脂系焼付塗料に、中油性、長油性樹脂は常乾形橋かけ塗料としてものづくり日本の成長期を牽引した。油の不飽和基は空気中の酸素を取り入れて、図4-21に示すように酸化重合する。この時にホルムアルデヒドを発生することから、油変性アルキド樹脂が「シックハウス(室内空気汚染)症候群」の原因物質として、ノミネートされた。2000年から開始された厚生労働省の委員会でシックハウス問題が検討され、ホルムアルデヒド放散速度について、表4-8に示すF☆マークが制定された。22)  屋内で使用する塗料のみに適用されるF☆マークであるが、建築工事関係者は屋外で使用する塗料についても、F☆☆☆☆(エフ・フォースターと呼ぶ)が付いていないと、失格だと判断している。この様な風潮から、実際にはアルキド樹脂系塗料類の使用量が激減している。

表4-8 F☆マークの表示とその内容22) 

差込表4-8 F☆マークの表示とその内容

  化石資源の枯渇化を防ぐ意味からも油変性アルキド樹脂系塗料の復活を期待して居る。日本塗料工業会が中心になり、塗料メーカーの研究機関を動員して進めて欲しい。京都市産業技術研究所の大藪グループは漆のかぶれや乾燥性などの弱点を克服するために、天然漆にある種のタンパク質加水分解物を数%添加し、3本ロールで精製した結果、素晴らしい効果を認めた1)。 このような添加手法で、ホルムアルデヒドを吸着したり、放散速度を低めたりすることはできないだろうか。

2.東京タワーからスカイツリーに至る重防食塗装系の変遷

  上塗り塗料が決まると下塗り、中塗り塗料が決まるように、塗料は複層膜で要求性能に対処している。そして、複層膜を形成する塗料の組合せ(下塗り-中塗り-上塗り)を塗装系と呼ぶ。旧岩崎邸の塗装系は本章の7回目(4-7)に示すように油性調合ペイントであった。このように、歴史を代表する建築構造物の塗装系から、種類別塗料の変遷を見る事ができる。本章の14回目(4-14)では、合成樹脂塗料の発達と変遷を3段階に分けて解説した。この3段階を採用し、これに応じた建築物を取り上げ、構造物の名称、上塗り塗料と塗装系をまとめて図4-32に示す。

図4-32 塗装系から見た合成樹脂塗料の変遷
図4-32 塗装系から見た合成樹脂塗料の変遷

  1958年に建設された東京タワーの塗装仕様は図4-33に示される。23)  タワーの土台部は鉄鋼材で、上部は溶融亜鉛めっきを施した鉄鋼材である。 素材が異なると塗装系(さび止めプライマー)は異なる。 図4-32には土台部の塗装系を示している。図4-32と図4-33を対比させると塗装系の各膜厚、乾燥時間などを知ることができる。

図4-33 東京タワーの塗装仕様
図4-33 東京タワーの塗装仕様 23) 

  今回で、第4章を終わりにしたいが、VOCを削減した水性と粉体塗料について、「さらっと水性塗料はどんな塗料」、「粉体塗料とはどんな塗料か」を次回にまとめて、区切りを付けたい。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会, p.15, 18, 126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm
茶の湯の森 (http://www.nakada-net.jp/chanoyu/で検索してください。
8)https://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データを一部参照
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91,155 (2008)
14)坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15)アネスト岩田株式会社80年史 (2005)
16)坪田実:“工業塗装入門”, p.27, 日刊工業新聞社(2019)
17)R.H.Kienle, C.S.Ferguson:Ind.Eng.Chem., 21,349 (1929)
18)坪田実:色材, 91, No.8, p.282 (2018)
19)坪田実:学位論文“塗膜物性に及ぼす顔料効果の研究”, 東京大学, p.202 (1985)
20)坪田実:“図解入門塗料と塗装の基本と実際”, 秀和システム, p.75 (2016)
21)武井昇:“旭サナックテクニカルレビュー2014”, p.2 (2014)
22)日本塗料工業会ホームページ:http://www.toryo.or.jp/jp/info/index.html
23)大澤悟:建材試験センター 建材試験情報 5月号(2014)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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