工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 直接法 浸せき塗り、しごき塗り

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第3章 いろいろな塗り方

3-6 直接法 浸せき塗り、しごき塗り

浸せき塗り

浸せき塗りは、次に示す2方式に大別されます。1つ目は、塗料槽に被塗物をどっぷり浸け、引き上げて乾燥させるDipping方式(浸せき塗り、ジャブ漬け塗りなど)です。2つ目は、被塗物に塗料を押し込むしごき塗りです。

浸せき塗りの原理

液体塗料と粉体塗料の浸せき塗りの原理図を図3-24に示します。液体塗料の場合には、被塗物を引き上げると、重力の作用で塗料は下方に移動(流動)しようとします。この流動が起きると塗装面には“たれ”が発生します。たれを止めるのが塗料の粘度で、たれを生じさせない塗料を調製できれば、実にきれいに仕上げることができます。たれる寸前の肌が抜群の仕上がり外観を与えます。一般には、たれを残さないように、図3-24 (b)に示すように回転させ、たれる塗料を振り落とします。

一方、粉体塗料へのDippingには、粒子中に0.1MPa程度の低圧で多孔板に空気を送り込み、粉体塗料を流動させます。空気量が多いほど粉体は動き易くなるので、粉体にとって空気はシンナーの役目をします。図3-24 (c)では加圧空気で粉体がさらさら動いているように見えますが、このような状態よりも粉体同士が僅かに膨れ、被塗物が抵抗なく埋没できる状態が好ましいと言えます。この中へ加熱した被塗物を浸せきすると、被塗物と接触した粉体は溶融、流動して塗膜になります。この粉体塗装方式を流動浸漬法と呼び、一般に塩化ビニル、PEやナイロン樹脂などの熱可塑性樹脂が使用され、チョコタイプの塗膜を形成します。水道鋼管やバルブのような熱容量の大きい鋳造品のような被塗物に適するのはそれなりの理由があります。被塗物は粉体の溶融温度以上に加熱されているから、溶融温度以上の粉体粒子だけが塗膜になり、溶着後の温度の低下で図3-25(a)に示すように粘度は上昇するため、たれを生じません。加熱温度が高く、浸せき時間が長いほど、膜厚は増加します。

脱脂-ブラスト処理した活性な金属面を有する鋼管を約300℃に加熱して、ナイロン粉体中に浸せきし、引き上げている状態を図3-24(d)に示します。作業者は光沢の不足している箇所を見つけ、ガスバーナーで加熱し、光沢が出たら(溶融したら)水中に浸せきさせ、急冷させます。ガスバーナーをまるでSpray gunのように使いこなしており、独特な塗装技術だと感じました。この操作ができるのは、熱可塑性粉体の特徴です。図3-25(a)に示す粘度の温度依存性があるためです。一方、クッキータイプの塗膜を形成する熱硬化性粉体塗料の粘度は図3-25(b)に示すように、橋かけ反応が起きる任意の温度で、粘度は時間と共に上昇します。

粉体塗料の粘度特性

このことから、クッキータイプ塗膜を形成させるための粉体塗装法においては、後述する静電界を利用した噴霧塗装法で粉体粒子を付着させ、一定温度の加熱炉で硬化させる方式を採用しています。また、粉体塗装では加熱によって塗膜を形成させるために、粉体の溶融粘度は大切な物性になります。7)8)熱硬化性粉体塗料の溶融粘度は一般に約10 Pa・s(水の1万倍)ですが、PE粉体のそれは約800Pa・s /250℃と極めて高いと言えます。溶融粘度が高いと、塗料はブラストで形成した被塗物金属の凹凸に入り込めないかも知れません。付着性をよくするためにプライマーの採用を考える必要があります。

 

しごき塗り

大分類では浸せき塗りになりますが、ここでは、しごき塗りとして扱います。原理図を図3-26(a)、(b)に示します。被塗物が移動する方式と、塗料槽が移動する方式とがあります。しごき塗りは薄く何回もと言う塗装の理にかなった古来からの技法であり、鉛筆、釣り竿、ゴルフのシャフト(Shaft)や電線など棒状のものを均一に塗るのに適しています。余分の塗料をゴム板やシール材でしごき取る方式のため、形状が一定であれば一度で全体を均一に塗れ、良い仕上がり外観が得られます。ただし、塗料をしごき取るため、塗付量が少なく、膜厚不足になるので塗装回数は増えると言う欠点があります。

しごき塗りの原理

1本の鉛筆を塗装仕上げするには、目止め工程も含め、しごき塗りを10回程度行います。ブツやヘコなどはもちろんのこと、目やせも厳しく評価され、合格した製品は見事な外観を呈しています。1本の鉛筆にかけるこの苦労と信念を知れば、おろそかにできません。

図3-27(a)に示す明石海峡大橋の鋼鉄製ハンガーロープの塗り替えにも、しごき塗り方式が採用されています。塗料槽が移動するため、高所作業を自動化できることも大きな利点です。ロープの巻き上げ方向に沿って塗料槽が回転しながら下降すると、図(b)に示すように、重力の作用で塗料はロープの内部までよく浸透することがわかりました。さび止め効果を十分に発揮できるとても良い塗装方法が開発されました。

明石大橋で採用されているハンガーロープのしごき塗り

 

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)坪田実:“ココからはじめる塗装”、日刊工業新聞社、p.8-25(2010)
2)坪田実:“工業塗装入門”、日刊工業新聞社、p.12-13,29,31,34-35(2019)
3)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”,日刊工業新聞社,p.47,51,52,53,55-59,63,81,83(2008)
4)辻田隆広:“第60回塗料入門講座テキスト”,p.179(2019)
5)坪田実:“目で見てわかる塗装作業”,日刊工業新聞社,p.8-24,102-104(2011)
6)職業能力開発総合大学校編:“木工塗装法”,職業訓練教材研究会,p.92-100(2008)
7)坪田実:“塗料と塗装のトラブル対策”,日刊工業新聞社(2015)
8)坪田実:“塗料と塗装の基本と実際”,秀和システム(2016)
9)杉崎勝久:表面,Vol.53,No.5(2002)
10)石井均:表面技術,Vol.61,No.3(2010)
11)平澤秀公:色材協会関東支部平成28年度塗料講演会テキスト,p.33-39(2016)
12)職業能力開発総合大学校編:“塗料”,雇用問題研究会,p.115(2007)
13)坪田実:塗装技術,2007年9月号,p.111-119,理工出版社
14)日産自動車、静電塗装用塗料及び静電塗装方法、特開1997-235496
15)ランズバーグ社マイティロボットベル2カタログより
16)佐藤正之、佐賀井武:第4回液体の微粒化に関する講演会講演論文、p.49(1975)
17)塗料報知新聞社:“粉体塗装技術要覧第4版”,p.72(2013)
18)森田忠夫:色材,Vol.85,No.7,297(2012)
19)柳田建三:塗装工学、Vol.51.No.9,297-302(2016)
20)川上塗料(株)解説資料

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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