工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その4)江戸・黒船来航~明治時代

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-6 江戸・黒船来航~明治時代

  イギリスで始まった産業革命と同様な大きな変化は日本では、黒船来航から明治維新にかけて現れます。鎖国が解かれて、政治体制が一気に変わり、鹿鳴館で代表される西洋文明が怒濤のごとく、日本に入ってきました。黒船以降の塗料の変遷を表4-3に示します。渋塗りは黒船来航を境に消滅の道をたどったようです。

表4-3

  黒船来航は1853年で、翌年に開国となる日米和親条約が、1858年には日米修好条約が締結され、横浜、長崎、神戸に沢山の洋館が建てられ、洋式ペイントが塗られました。洋式ペイントとは、乾性油を加熱して3-4量体程度に重合させたボイル油に顔料を分散させた堅練りペイントのことであり、奈良時代に作られた固形墨のように高顔料濃度になっている分散体です。塗料史では油を原料とする塗料をペンキと呼び、洋式ペイント並びに、国産油性調合ペイントがペンキの元祖になります。

  洋式ペイントは舶来品で高価ゆえ、ペンキ塗りはモダンな職業として人気が高く、渋塗り職人はもちろんのこと、大工や左官などの職人がペンキ塗りに転向したそうです。ペンキ塗り職人は堅練りペイントに煮亜麻仁油や桐ジャブ(2量体程度のボイル油)と揮発油を追加して、塗りやすい粘度に調整していました。この技術も人気を高めた要素だと言えます。横浜にはペンキ塗りを習得した中国人が多く居て、その技術を伝導したと言われています。このような事もあり、1866年(慶応2年)には横須賀に造船所が建設され、塗師所(ぬしじょ)と言う日本初の塗装工場ができました。

  約1世紀後の1958年には、「我国塗装発祥之地記念碑」が横浜市の元町公園に、長崎にも「近代塗装伝来の碑」が建てられ、ペンキがなぜ、このようにもてはやされるのかと妬みすら感じます。渋塗りが水性塗料であるのに対し、ペンキは油性塗料で、現代の塗料の動きと正反対です。ペンキが鉄鋼製の船舶、鉄橋、汽車などのさび止めや、中塗り、上塗りに有用であった事は、まさに産業革命と言えますが、近代塗料の基礎を作ったのは、油をモデルにした合成樹脂で、正式名を油変性アルキド樹脂と呼びます。この樹脂については、油と共に回を改めて解説します。

  1860年頃より国産塗料メーカーが育つ1910年代までの約50年間、主として英国より洋式ペイントを輸入していました。この間に国内では、油を重合させてボイル油を作る技術が確立され、1879年(明治12年)には茂木重次郎が白顔料である高純度亜鉛華(ZnO)の国産化に成功しました。これまでの白顔料は鉛白(酸化鉛、PbO)で、その毒性は問題になっていたのでZnOの量産化成功は画期的なことでした。白顔料の用途は塗料のみならず、化粧品、陶磁器など広範囲に渡ります。防錆顔料の鉛丹(四酸化三鉛, Pb3O4)もZnOと同じ頃に国産化され、さび止め塗料に使用されました。

  塗料ベースの白エナメルに必要なZnOとボイル油の国内供給が可能になったことで、1881年に日本初のペイント製造会社、光明社(現、日本ペイント㈱)が、東京の品川に設立されました。洋式ペイントは堅練りゆえに、塗装作業前には塗料調整が必要です。一方、国産ペンキである油性調合ペイントはすぐにでも塗装できる状態に調合済みです。油性調合ペイント(以降、OPと略す)は高価ですが、政府の富国強兵、勧業殖産の政策のもとに、海軍からの艦船用途を受注して需要が伸びました。この機会を捉え1888年に阿部ペイント製造所(現、大日本塗料)、1901年には神戸ボイル油製造所(現、川上塗料)他、短期間に10社程度、塗料および関連会社が設立しました。その結果、明治の末期(1910年以降)には洋式ペイントはごくわずかになりました。

  塗料メーカーの設立が関西方面に偏っていたことは、明治維新時代の経済活動が関西を中心に発展したことと、海軍への納入先が西日本に多かったためだと思われます。このように明治時代に創立した塗料メーカーは建築分野、並びに工業生産の一翼を担って発展して行きます。
*OP:Oil based ready mixed paint

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm
  茶の湯の森 http://www.nakada-net.jp/chanoyu/で検索してください。
8)https://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データを一部参照

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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