工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その2) 平安時代の塗料(日本最古の黒エナメル)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-4 平安時代(日本最古の黒エナメル)

表4-2に示す歴史の中に、平安時代に武器である楯(たて)と戟(ほこ)に塗る黒色エナメルの配合表が見つかりました。図4-5に示します。4)日本最古の塗料のレシピと言われています。奈良時代に作られた墨と同様に掃墨と膠が使用されています。この配合表では、掃墨は24.48Lと体積になっています。掃墨は軽い粉末のため枡(ます)で計量する方が便利だったのでしょう。重量に換算するため、掃墨の空隙率を96%、密度を0.3g/cm3として計算すると300gになります。また、酒の密度を0.97g/cm3として9)、3成分を重量で表示すると、図4-6で示されます。黒エナメルが乾燥し、塗膜になった状態では掃墨粒子の周りに空隙が無くなっているから、固形墨と同様に、CBの密度1.8 g/cm3を使用してPVCを計算します。掃墨と膠の重量から、塗膜中のPWCとPVCはそれぞれ22、16%と計算できます。計算の仕方を図4-6に書き入れます。

図4-5

図4-6

黒エナメルのPVCは16%であり、現在のCBエナメルのPVC(4%程度)に比べると、明らかに高い値です。当時の掃墨粒子の分散性は良くなく、エナメルの隠ぺい力を発現させるためには、掃墨の充てん濃度を高める必要が有ります。この黒エナメルは刷毛塗りできること、光沢感、付着性や塗膜強度など最低限の塗料性能が必要です。どのようにしてエナメルを製造したかを配合記録から考えて見ます。固形墨は加熱して液体になった膠(以後、ニカワ)液と掃墨を手コネや足で踏みつけて、練り合わせ、木型に入れて乾燥させます。液状エナメルの作り方についての記録はありませんが、以下に示すA、B、Cの3方法が考えられます。

A.

固形墨と同様に、掃墨100gに加熱したニカワ液を60gの割合で加えてよく練り合わせ、高顔料濃度(PWC 62.5%)の分散体を調製する。常温でも液状を保ち、刷毛塗りできる粘度になるように、ニカワ液の残りと酒(アルコール水溶液、エチルアルコール16wt%と推定)を徐々に加えてゆく。その結果、図4-5に示す配合になった。

B.

加熱したニカワ液に酒を混合し、常温で液体であるニカワ溶液(ビヒクルと呼ぶ)を調製する。このビヒクルに掃墨を分散させて行くと、図4-5に示す液状の黒エナメルができた。
一般的な分散方法は上記Aの手法です。顔料粒子表面を濡らすビヒクルの最低必要量だけを加え、高顔料濃度の分散体(ミルベース)を調製します。このミルベースに計算量のニカワ溶液を加えて黒エナメルを作ります。しかし、ここで、問題です。図4-6に示すようにニカワに対して、10倍以上の多量の酒(アルコールと水)がニカワを溶かす溶剤の役目をするならば、ニカワ溶液はビヒクルとして機能します。いかんせん、ニカワは水に可溶であるが、アルコールに溶解せず、酒のようにアルコールがある濃度以上になると、ニカワ(コラーゲン)が凝集してしまい、エナメルを調製できません。
図4-5に示すように、掃墨24Lに対し、酒を掃墨体積の半分である12L配合しています。この配合から、次に示すC方法が思いつきます。

C.

1)酒の中に掃墨を入れて、スラリーと呼ばれる掃墨粒子の分散体を調製する、2)加熱したニカワ液が液体状態を保つように、加熱しながら、ニカワ液と掃墨/酒スラリーを混ぜ合わせる。混合時の加熱によりアルコールの多くは蒸発するが、残存アルコールの作用で、コラーゲン分子鎖が部分的に凝集し、ビヒクルの粘度が低下すると考えられます。その結果、塗装作業性の良い塗料になったかも知れません。酒や酢を加えると、掃墨が分散しやすくなることを経験から知っていたので、酒を上手に利用して、エナメルを製造したと考えられます。

以上のように、1000年以上も前の配合表から黒エナメルの作り方をあれこれ考え、しばし、歴史のロマンに浸ることができました。

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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