工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 4-12合成樹脂塗料時代(その2 OPの塗料配合とSOPへの移行)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-12 合成樹脂塗料時代(その2 OPの塗料配合とSOPへの移行)

1.はじめに

  1940年代から塗料用合成樹脂の代表になった油変性アルキド樹脂を4-12回と4-13回に分割して、紹介する。4-12回では、4-7回で解説した旧岩崎邸の復元に使用した油性調合ペイントOPの塗料配合を取り上げ、著者の解析結果を紹介する。
そしてOPがSOPと呼ばれる合成樹脂調合ペイントにバトンタッチした経緯を説明する。次回の4-13回では、油変性アルキド樹脂の合成はどのように行われるのか、何処が油を真似ているのかを解説する。著者は油を原料とするエナメルをペンキと呼び、透明塗料をワニス、あるいは油性ワニスと呼んでいる。ワニスもペンキの仲間にしている。

  工業塗装の分野では、1948年に上市された油変性アルキド樹脂とメラミン樹脂を混合したアミノアルキド樹脂塗料(短油性アルキド樹脂使用)が焼付け塗料として新車ラインに投入された。同時に建築ブームで、重車両には常温硬化の中油性アルキド樹脂、建造物には長油性アルキド樹脂をビヒクルとする塗料がものすごい勢いで広まった。その様子は図4-23に示すように、1950年には10万トン以下だった塗料の生産量は1990年には210万トンに達した16)。合成樹脂塗料の全盛時代である。

図4-23 塗料の年間生産量の推移
図4-23 塗料の年間生産量の推移

  急に、短油性、中油性、長油性アルキド樹脂なる用語が飛び出し、理解困難になられたかも知れないが、順に解きほぐしていきたい。

2.OPの塗料配合とSOPへの移行

  OPとは油性調合ペイントの略称である。洋式ペイント(堅練りペイント)から出発した塗料であるが、明治の中期(1900年頃)にはボイル油も顔料も自製できるようになり、塗り易い状態に調製された国産の油性エナメルが上市された。これらをOPと呼ぶ。OPのことは、“4-6 江戸・黒船来航~明治時代”に解説しているので参照されたい。
  4-7回で解説した旧岩崎邸を復元するために使用したOPを日本ペイント(株)に依頼した。1896年の完成当時とできるだけ近い配合に調製されている。外装色はクリームであり、中塗り、上塗りに使用された。このOPの塗料配合と著者の計算結果を表4-7に示す。建築時には、下塗りもOPであったが、復元用の下塗りには耐候性の良い(塗替え期間が伸びても良いように)長油性アルキド樹脂をビヒクルとするSOPが採用された。

表4-7 中、上塗り用OP (油性調合ペイント)の配合と解析

表4-7 中、上塗り用OP (油性調合ペイント)の配合と解析

  表4-7に示すOPの塗料配合を見て、著者が感じたことをまとめると次のようである。

  1. 1. 塗料の固形分が99wt%で、ハイソリッド塗料であること
  2. 2. 顔料容積濃度PVC(塗膜中に占める顔料体積)が45%と高いこと
  3. 3. 体質顔料として配合されているCaCO3の充てん体積が38%と高いこと

  ビヒクルソリッドがボイル油であるから、塗膜の破壊伸びも抗張力も小さい。それにもかかわらず、石の粉である顔料成分が塗膜の体積中の約半分も占めているのは塗膜の強度から心配である。とくに、顔料補強効果を期待出来ないCaCO3の充てん量が多く、当時のOPはこのような脆弱な塗膜で良く塗装効果を発揮していたなと思った次第である。恐らく、弱い材料同士でバランスが取れていたのと、3年周期で劣化前に塗替えていたことが効果的だったのかもしれない。

  次は、OPから、合成樹脂調合ペイント、略称SOPへの移行である。ビヒクルは長油性アルキド樹脂であり、詳しくは次項で説明する。OPのビヒクルの分子量は3,000程度であるが、SOPのそれは1万程度、あるいはそれ以上も可能である。OP、SOPとも硬化機構は同じであり、4-11回の図4-21に示したように、油を構成する脂肪酸の二重結合同士が酸素を介在して結合する(酸化重合)。高分子量同士の結合は分子量の増大につながるから、硬化(乾燥)時間を短縮させる。二重結合の数が多い脂肪酸(例えば、リノレイン酸)を多く含む油脂は乾性油(図4-22)と呼ばれ、この油を原料とする長油性アルキド樹脂に顔料を練入した塗料がSOPと呼ばれるペンキである。初期の分子量が大きいから、膜厚も増大する。
  常温で硬化する長油性、中油性アルキド樹脂の酸化重合速度は遅く、通常はドライヤーと呼ばれる金属脂肪酸塩(ナフテン酸、あるいはオクテン酸Zr,Mn,Coなど)が重合触媒として添加される。ドライヤーの添加例を次に示す。

油、樹脂固形分100重量部に対し、6% ナフテン酸コバルト(Co)溶液 1.2 部、24% ナフテン酸鉛(Pb)溶液 1.5 部

  図4-24には国産白顔料の亜鉛華(ZnO)を練入したOPの白ベース(エナメル)が1950年以降にはチタン白(TiO2)を練入したSOPの白ベースに移行している様子を示している。ZnOはボイル油を安定に保つと考えられていたが、ボイル油、油変性アルキド樹脂から遊離した脂肪酸と反応して亜鉛イオンを生じ、亜鉛石けんになる。この石けんの生成は塗料の貯蔵安定性や塗膜の付着性不良の原因となるため、ZnOはチタン白(TiO2)に取って代わられた。

図4-24 白ペンキの変遷移
図4-24 白ペンキの変遷

  SOPの登場で、OPは姿を消した。SOPの塗膜性能がOPのそれを明らかに上回ったからである。そしてSOPが1958年に完成した東京タワーの塗装系に採用された。
  次回では、油変性アルキド樹脂を詳しく紹介する。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会, p.15, 18, 126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm
茶の湯の森 (http://www.nakada-net.jp/chanoyu/で検索してください。
8)https://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データを一部参照
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14)坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15)アネスト岩田株式会社80年史 (2005)
16)坪田実:“工業塗装入門”, p.27, 日刊工業新聞社(2019)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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