塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-2 塗料のルーツについて

ルーツ探しは誰もが興味を持っていますが、塗料・塗装のルーツとはと聞かれると、現代人は“塗料って何だ”と言って、あまり興味を示してくれないでしょう。一方、旧石器時代の方々に身振り手振りで塗料とは液状のもので、指や手にとって、彼方此方に塗るものだと伝えると、ものすごく理解が速いと思います。

本能的に人間は“表現したい”という欲求を持っている生物ですから、塗って色が付いたら格別な興味を示し、こんな所へ、こんな風に塗ってみたいと思うことでしょう。日本で発掘された遺跡と、ヨーロッパやエジプトで発見された歴史的な出土品には大きな違いがあります。日本と世界における塗料のルーツをまとめると表4-1で示されます。要約すると、次のようになります。

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(1)日本で発見された遺跡はせいぜい1万年前のものだが、世界規模は10万年以上も前で、壁画遺跡が数多い。
(2)日本の遺跡からは漆とベンガラ類がほとんどであるが、ヨーロッパではいろいろな種類のバインダー成分や色材成分が発掘されている。

当たり前と言えばそれまでですが、人類が日本列島に住みついたのは約3万年前ゆえ、居住した歴史が大陸とは大きく異なります。図4-2に2019年、上野の国立科学博物館に展示された丸木船(当時は、この船で日本にやってきたと想定)の新聞記事を示します。

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日本での居住様式は洞窟ではなく、木造小屋タイプで、いろいろな有機材料は高湿環境下でバクテリヤに分解されてしまい、遺跡からは分解されなかった漆が見つかったのでないかと考えます。日本で発見された漆膜はCarbon14と呼ばれる14C放射性同位元素濃度の分析(14C年代測定)から、地球上に存在した年代が推定されています。その結果、表4-1に示す日本最古と推定されている漆塗り竪櫛(たてぐし)は6,290±30年前、同じ頃に発掘された赤色漆塗り櫛は5,310±30年前のものと判明しました。3)いずれも縄文時代のものです。

話は前後しますが、現代人の祖先とされるネアンデルタール人(15万~6万年前)は赤土(酸化第二鉄)で身体彩画をしていました。赤い色は神聖視されており、特別な思いがあったと思われます。1879年に発見されたアルタミラの洞窟絵画と、1940年に発見されたラスコーの洞窟壁画はそれぞれ、今から4万、2万年前に描かれたものだと推定されています。

歴史書を紐解けば興味ある記事が沢山載っています。この頃は旧石器時代の後期にあたり、人類は言語を持っていたのですが、絵で表現して伝達手段にしたり、生活を楽しんだりしたと思われます。人類は色彩を付与する鉱物(顔料)や骨を焼いた黒顔料を発見し、これらを粉砕してバインダー中に入れたら上手く塗れることを経験から学んでいたと想像されます。この時代の出土品からバインダーとして動物の血や獣脂、膠(にかわ)、ピッチやタールなどが使用されていたようです。ラスコーの洞窟壁画あたりが塗料・塗装の始まりと思われます。この頃の人類は好奇心が旺盛であったから、何でも試した事でしょう。どうやってバインダーを見つけたのか聞いてみたいものです。恐らく、「そこにあった液体をいくつか使ってみて、その中で、これがvery goodだった」とか、「これはかぶれて困ったよ」、「煮たらこんなに粘くなって塗りやすくなった」とか、言葉は通じないにしても、身振り手振りで、楽しいひとときを過ごせるだろうなと想像しています。

狩猟が中心の日常生活から、描く材料を見つけ、工夫しながら色材に加工し、使いやすく性能がよいものを開発したに違いありません。いわゆる、塗料と塗装の原形は人類の生活と共にあり、「人類は描いたり、塗ったりすることが好きだった」と言えます。

旧約聖書に出て来る表4-1のノアの方舟(はこぶね)を調べて行くと、結構、楽しいことがあります。
1)木造船であること、
2)耐水性と防腐性を付与するのにタールやピッチで塗り固められたこと、
3)方舟は3階建てで、その大きさはおよそ「長133.5m、幅22.2m、高13.3m」であり、この比率、すなわち「長:幅:高=30:5:3」の比率は、現在のタンカーなどの大型船とほぼ同じであること
には興味が涌きます。ノアの方舟に使用されたタールやピッチは、後述する黒船にも使用され、防食塗装の原点になっています。

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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