工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 4-13合成樹脂塗料時代(その3油を真似た油変性アルキド樹脂)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-13 合成樹脂塗料時代(その3 油を真似た油変性アルキド樹脂)

3.油変性アルキド樹脂について

  今回ようやく、”油を真似て作られた合成樹脂塗料“の話ができることになり、嬉しい限りである。ところで、油を真似てとは、どんなことかを説明したい。

  脂は図4-19(4-11回)に示すように脂肪酸のグリセリンエステル(トリグリセリド)であり、この構造を延長するために1927年にKienle(キーンル)が図4-25に示すエステル交換法を開発した。油1モルに2モルのグリセリンを触媒と共に加熱すると、3モルのモノグリセリドができる。これに無水フタル酸を加えてエステル化して、アルキド樹脂の合成に成功した17)。酸とアルコールは広範囲に選択できるが、3価のグリセリン、2価のフタル酸は油変性アルキド樹脂の典型的な原料である。Alkydの命名はキーンルによる。アルコールと酸のアシッドが反応したから、アルコールアシッド→アルキッド→アルキドになった

図4-25 エステル交換法(モノグリセリド法)で合成する手順
図4-25 エステル交換法(モノグリセリド法)で合成する手順

  油脂の代用として、単一脂肪酸(オレイン酸やリノレイン酸など)を使用する脂肪酸法があり、この方法で生成するアルキド樹脂の合成過程を図4-26に示す18)

図4-26 油変性アルキド樹脂のモデル表示
図4-26 油変性アルキド樹脂のモデル表示
  1. (1) 原料をすべて反応釜19)(図4-27参照)に入れ、溶剤としてキシレンを加える。グリセリンの-OHを-COOHに対して約1.2倍、多く配合する。100-120℃で加熱、撹拌すれば、無水フタル酸が開環する。
  2. (2) 図4-27に示すクッキングスケジュール(例えば、170℃/2H、230℃/1H)に従って、加熱、撹拌し、生成する水をトラップして反応系外に排出し、エステル化反応を進行させる。還流冷却器で、昇華した無水フタル酸とキシレンを還流させる。
図4-26 油変性アルキド樹脂のモデル表示
図4-27 油変性アルキド樹脂製造装置のモデル表示

  次に、合成過程をモデル的に説明する。まず、図4-26(a)に示す油変性なし(脂肪酸なし)のアルキド樹脂を生成する。グリセリン部分にはフリーの-OHが残っているから、ここへ脂肪酸の-COOHをエステル結合で導入する。その結果、図4-26(b) に示す油変性アルキド樹脂が合成される。

  樹脂の固形分に占める油の割合を油長と呼び、図4-26(c)に示すように油長により長油性、中油性、短油性アルキド樹脂と呼ぶ。とりわけ、酸化重合で常温硬化させる中油性、長油性アルキド樹脂にはフリーの-OHがほとんど残っていない。

実用的には、油変性アルキド樹脂は図4-25に示すエステル交換法で合成されており、常温硬化アルキド樹脂には、リノール酸やリノレイン酸を多く含む大豆油やあまに油が使用される。(4-11回、図4-20, 22,参照)

  油長と油の種類を選択することで、油変性アルキド樹脂は多岐にわたる使い方が可能になる。例えば、短油性にすると、グリセリンのフリーの-OHが残るので、ポリオールとして使用できる。メラミン樹脂をブレンドして、図4-28 に示すアミノアルキド樹脂(例えば、短油性大豆油変性アルキド)塗料と呼ばれる典型的な焼付け塗料にすることができる20)。この焼付け塗料は金属用に有用であり、日本の工業塗装を牽引した。同様に、短油性アルキド(ポリオール)とイソシアネート基(-NCO)を反応させて、常温硬化用ポリウレタン樹脂塗料にすることもできる。また、不乾性油であるひまし油を導入した短油性樹脂は-OHを有すること、他の合成樹脂と相容性が良好であるため、ブレンド用樹脂として、NCラッカーはじめ多くの塗料に使用されている。

図4-28 焼付け型アミノアルキド樹脂塗料の橋かけ反応
図4-28 焼付け型アミノアルキド樹脂塗料の橋かけ反応

  油変性アルキド樹脂は植物油を使用すること、ハイソリッド化が容易であること、石油系溶剤で希釈できること、さらには塗装適性が優れていることから環境対応型塗料として有望であった。ところが、油の酸化重合の際にホルムアルデヒドを発生することが分かった。長油性になるほど、油が多くなるので、F☆☆☆☆(「エフ フォースター」と読み、ホルムアルデヒドの発散が無いことを意味する)を取得するのが困難である。そのため、油変性アルキド樹脂は生産量を大幅に減らしているが、一時代を築いた樹脂の復活を期待している。

  次回は、本章の最終回であり、合成樹脂塗料の変遷と方向性を紹介する。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会, p.15, 18, 126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm
茶の湯の森 (http://www.nakada-net.jp/chanoyu/で検索してください。
8)https://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データを一部参照
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14)坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15)アネスト岩田株式会社80年史 (2005)
16)坪田実:“工業塗装入門”, p.27, 日刊工業新聞社(2019)
17)R.H.Kienle, C.S.Ferguson:Ind.Eng.Chem. 21,349 (1929)
18)坪田実:色材, 91, No.8, p.282 (2018)
19)坪田実:学位論文“塗膜物性に及ぼす顔料効果の研究”, 東京大学, p.202 (1985)
20)坪田実:“図解入門塗料と塗装の基本と実際”, 秀和システム, p.75 (2016)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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