工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その5)4-7油性塗料時代 洋館旧岩崎邸の塗装片から見た塗料と塗装1

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-7 油性塗料時代 洋館旧岩崎邸の塗装片から見た塗料と塗装1

日本における塗料・塗装の変遷は次の様に進んできたと考えられる。

  1. 塗料・塗装のルーツは漆塗りである 出土品から見て、今から七千年前には漆塗りが開始されていたであろう。
    4-2 塗料のルーツについて 表4-1参照
  2. 丹塗り、渋塗りの開始 538年の仏教伝来後の寺院建築や文化財遺跡より推定可
    4-3 紀元後~飛鳥・奈良時代 表4-2弥生~大和時代参照
  3. 密陀絵(乾性油)の開始 ボイル油まで発展せず、柿渋を下塗りとした桐油合羽(とうゆがっぱ)と呼ばれる防水衣や防水紙に発展。
    4-3 紀元後~飛鳥・奈良時代 表4-2飛鳥時代参照
  4. 油性塗料(油性調合ペイント、油性ワニス)の開始 黒船来航(1853)とオランダからの洋式ペイントの輸入(1855)で油性塗料が開始され、1940年頃まで全盛時代を迎えた。
    4-6 江戸・黒船来航~明治時代参照
  5. 第2次世界大戦後(1945)の合成樹脂塗料の開始と全盛時代(1960年代)
  6. ポリマー技術の高度化時代(1970-80年代)
  7. 高機能化と環境負荷低減時代(1990年以降)

上記A~Dについては、4-1~4-6で解説してきたが、E~Gについては回を改めて解説する。
前回4-6の江戸・黒船来航~明治時代編では、明治時代の後半になると国産塗料メーカーが育ってきて、輸入塗料が少なくなったことを説明した。
今回と次回は視点を変えて、明治時代に建造された代表的な洋館の塗装破片が物語る塗料と塗装の変遷を解説する。

明治と言えば文明開化と鹿鳴館を思い浮かべるが、この洋館はすでにない。ここで取り上げる明治の洋館は図4-8に示す重要文化財旧岩崎家住宅(1896年完成)である。
写真は建築後100年に当たる1995年に復元された洋館部である。以後、旧岩崎邸と呼ぶが、明治から昭和に至る歴史がこの建物に凝縮されている。

油性調合ペイントで復元 1995(株)アポロ工芸社

図4-8図4-8
鹿鳴館を手がけたコンドルの設計。西洋の文化を取り入れようとした明治の意気込みを感じさせる。
図4-8 復元された旧岩崎邸(1995年当時)

分かり易くするため、次に示す目次立てで2回に分割して解説する。

  1. 旧岩崎邸の変遷と復元塗装工事
  2. 塗装片の分析と解析

1.旧岩崎邸の変遷と復元塗装工事

幕末から明治維新を駆け抜けた岩崎弥太郎の長男である久弥(三菱の3代目総帥)が1896年(明治29年)に私邸として建てた。
上野森の不忍池近くにあり、現在は、都立庭園として一般公開されている。小高い丘の上に立ち、図4-8に示すように異国情緒を醸し出している。庭園に沿った道路には無縁坂があり、訪ねてみたい界隈である。
この広大な敷地15,000坪は、1878年(明治11年)に初代総師の岩崎弥太郎が購入した。特筆すべきは、日本近代建築の父と呼ばれる英国人建築家ジョサイア・コンドルが洋館、ビリヤード室の設計をしたこと。もう1点は、オーナーである久弥が美への贅沢を惜しまず、コンドルの設計思想を尊重したことである。

この一角は太平洋戦争当時、米軍が駐留予定のために爆撃目標から外していたそうで、

  1. (1)戦後1945年GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が接収、諜報機関「キャノン機関」本部となる(岩崎家の住人は和館の一部に居住)
  2. (2)1953年に日本政府に返還
  3. (3)1961年に洋館およびビリヤード室を重要文化財に指定、1969年に和館大広間を重要文化財に指定
  4. (4)1994年(平成6年)、すべてが文化庁に移管され、復元工事が開始された。

復元工事の方針は建築当時をできる限り再現することであった。
復元工事は清水建設株式会社の元で、塗装工事を株式会社アポロ工芸社が担当した。

著者等は工事現場から不要になった部材(内外装木部、銅板部)に付着している塗膜(塗装片)を採取した。
これらを不飽和ポリエステル樹脂に包埋、断面を平滑に仕上げて図4-9に示すように塗膜断面の観察用および顔料成分の元素分析用試験片とした。

図4-9
図4-9 檜(ひのき)素地から採取した塗装片の断面観察

分析を行った結果12)、図4-10に示すように竣工時(1896年)の塗膜が残存していることが確認できた。13)

図4-10
図4-10 塗膜断面(図4-9)の解析結果13)

竣工当時の塗料を日本ペイント株式会社に調製してもらい、洋館外装の復元塗装工事を1995年に終了した。外装よりも内装の復元に時間がかかった。
その後、各部屋のドアー、壁、天井、柱、階段、廊下や家具類・ストーブ・便器などが職人の手によって見事に修復、復元された。
2001年に東京都に移管され、10月1日より都立公園として、一般公開され、現在に至っている。

色彩の測定には図4-9と同様な塗膜断面を傾斜させて研磨し、当時の上塗り層断面を拡大させる。
この部分をミクロカラーアナライザー(東京電色製、TC-1800M)で測色した結果、上塗りはマンセル記号10YR9/3.5で表示されるクリーム色だと推定することができた。よって、竣工時を再現するには下塗り、中塗りの上にクリーム色の油性調合ペイントで塗装すればよいことがわかった。外装復元塗装工事の主な工程を図4-11に示す。

図4-11 図4-11
図4-11 復元塗装工事の主な工程

この洋館の特徴はどこの方角から見ても塔屋頂上部(ドーム)がよく見えることである。
次回、2.塗装片の分析と解析で、ドームと内装部について解説する。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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