塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第1章 塗料・塗膜の白化現象

1-8 白いシミの原因とは

白化機構を示した前回の図1-30に妥当性があるかどうかを見極めたいと思います。白化機構が正しければ、再現できるし、対策も可能になります。今回は、白化機構を解明するために採用したモデル塗料の設計思想を紹介したいと思います。

図1-30 白化機構 <sup>7)</sup>

図1-30 白化機構 (7)

 

質問(22)

水布巾を引いて鍋を置いたとのことですが、塗膜は加圧状態になりますね。ひょっとしたら、加圧しなくても水があれば白化しませんか。

答え(22)

そうですね。固体粒子(Fillerと略す)を充てんした中塗り塗膜に水が侵入すれば、白化しますね。加圧効果よりも温度差による浸透圧効果の方が大きいかも知れません。 実験を開始するに当たって、木工用の塗料にこだわらないこと、素地として木材に代えて、吸水しないガラス板と鋼板を試験片としました。

問題はモデル塗料の組成です。Fillerにはステアリン酸亜鉛(以下Zn-Stと略す)を、バインダーには焼付け塗料用樹脂を選び、表1-1に示す配合としました。

表1-1 木工用中塗り塗料(サンディングシーラ)のモデルサンプル

Binder Filler PWC (%)※
Alkyd resin (B-1307,DIC) Zinc stearate 0, 3, 6, 12, 24
(Soybean oil modified)
Melamine resin BaSO4 0, 3, 6, 12, 24
(J-820, DIC) (BF-1, SAKAI KAGAKU)

※PWC:Pigment weight concentration、塗膜中に占める顔料やFillerの重量濃度

 

質問(23)

木工用の塗料にこだわらないと言うことで、焼付け塗料をサンディングシーラーのモデルにしたのはどのような考えがあってのことですか。

答え(23)

ここは大切です。実験要因として、温度と水の作用を考えないといけません。表1-1に示すアルキド樹脂(別名、ポリエステル樹脂)とメラミン樹脂混合溶液(塗料)を素地に塗装後、焼き付けると固体である塗膜に変身します。 樹脂組成と焼付け温度を変えることで、塗膜の物性を広範囲に変化させることができます。物性とは性能や性質をまとめて表現する時に用いる用語です。塗料や接着剤などポリマーを扱う分野では、ガラス転移点Tgを物性のパラメータとします。 樹脂組成の異なるクリヤ塗膜のTgは表1-2に示すように室温から60℃まで一連に変化します。塗膜の硬軟、熱軟化性、耐水性などの物理・化学的な性能がTgを境にして大きく変化しますから、吸水による白化の程度にも影響が現れると考えられます。 簡単な実験操作で塗膜の性能を一連に変えるには適切な樹脂選択だと思います。

表1-2 試料クリヤの樹脂配合と塗膜のガラス転移温度Tg

Sample name M7 M15 M30 M45
Melamine 7 15 30 45
Alkyd 93 85 70 55
Tg (°C)* 18 24 38 56

* Baked on 150°C / 20 min

 

質問(24)

表1-2に示す樹脂組成で塗膜のTgが変わるのはどうしてですか、また、塗膜の物性はTgとどのように関係するのかを教えてください。

答え(24)

塗料が塗膜になる本質的なことは第2章で説明します。ここでは質問の要点に対し回答します。焼付け塗料は塗装後、加熱することで表1-2の樹脂成分が化学反応して分子量を増大させ、図1-31に示すジャングルジム(塗膜)を形成すると考えてください。 アルキド樹脂をパイプ、メラミン樹脂を金具に例えます。 パイプには反応点が沢山あり、1ヶの金具には4ヶの反応点があるとします。金具が少ないと、図1-31(b)に示すジャングルジムの目の粗さは大きくなり、金具が多くなると図(c)のように細かい網目のジムを形成します。網目が細かくなる程、動きにくくなるので塗膜のTgは上昇し、硬くて脆くなる傾向があります。 ジムは樹脂同士の橋かけ反応による網目(化学結合)からなっているので、Tg以上に加熱しても流動しません。 反対にヤング率がTg以上で図1-32に示すように僅かに上昇して行きます。図1-32には試料として用いたクリヤ塗膜のヤング率と温度の関係を示しています。試料番号M30とは、メラミン樹脂濃度が30wt%の塗膜を表しています。M濃度の増大に転移域、ゴム域が高温側にシフトしていることがわかります。

図1-31 試料塗料の塗膜形成モデル

図1-31 試料塗料の塗膜形成モデル

図1-32 試料塗膜のヤング率の温度依存性(各領域におけるヤング率の変化に注目)

図1-32 試料塗膜のヤング率の温度依存性(各領域におけるヤング率の変化に注目)

次に、Tgを境にして塗膜の物性が大きく変わることを図1-33に示す塗膜のナノサイズモデルで説明します。Tg以下では樹脂の分子鎖を構成するセグメントの熱運動が凍結状態ゆえ、セグメントの位置が固定されています。この状態をガラス状態と呼びます。 一方、Tg以上になるとセグメントの動きが活発になり、分子鎖の動きも大きくなります。 加熱による体積膨張率はTg以下よりも数倍増大し、塗膜内に気体や液体が侵入しやすくなります。この状態をゴム状態と呼びます。Tgとは、ガラス状態からゴム状態に転移する中間温度で、図1-32に示すようにヤング率が大きく変化します。ナノサイズの熱運動性の違いが塗膜の物性にまで影響を及ぼすとは驚きです。

図1-33 ナノサイズで見た橋かけポリマー鎖の熱運動性

図1-33 ナノサイズで見た橋かけポリマー鎖の熱運動性

すっかり白化から話がそれてしまいましたが、次回に話を繋ぐために面白い結果を図1-34に示します。前回アイロン試験に使用した硝化綿ラッカーで試験片を調製し、温度勾配の付いた水槽に約6時間浸漬したところ、温度効果は明らかに現れ、50°C以上で白化すること、加圧なしでも白化することがわかりました。

図1-34 市販サンディングシーラ試験片の温水浸せき試験

図1-34 市販サンディングシーラ試験片の温水浸せき試験

 

質問(20)

何故、中塗り塗膜のみが白化したのか、興味が涌いてきました。木工塗装の中塗りもクリヤ(顔料未充てん)だと思いますが、下塗りや上塗りと比べてどこが異なりますか。

そこで、表1-1に示す塗料を使用して本格的に実験を開始しました。水槽に撹拌モータを付けて水温を50°Cに調整し、ボンデ鋼板(100×200mm)に塗装した試験片を6時間浸漬しました。なお、試験片の右半分にはM30(メラミン樹脂濃度30%)クリヤを上塗りしました。得られた図1-35の結果は次のようになります。

図1-35 M30試験片の温水浸せき試験(図中の数字はPWC %)

(1) Zn-St粒子の充てん量の増大に伴い、白化の程度が増大した。

(2) 上塗り塗膜により白化が抑制された。

(3) 浸せき後、試験片を空気中に取り出し、表面の水分をろ紙で取り除いてから、室温で乾燥させたところ、上塗り塗膜のある部分の白化は消失したが、上塗りのない試料塗膜部分はさらに白くなった。

 

以上、なかなか考えさせられる結果です。では、次回に謎解きをしましょう。

〔引用・参考文献〕(文献番号は第1回からの通しです)
(7)坪田実, 長沼桂:職業能力開発大学校紀要 第38号A, p.61-66 (2009)
執筆:川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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