塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第3章 いろいろな塗り方

3-8 電着法 前処理工程-化成被膜

前処理工程-化成皮膜

自動車に代表される工業塗装では、電着塗装を行う前に、前処理として、洗浄・脱脂・化成皮膜処理が行われます。前処理工程、および電着塗装工程は密接に関係しており、化成皮膜の均一性が電着塗膜の防錆性能を支配します。まず、実際の自動車塗装ラインの一例を図3-32に示します。コンベアースピード6m/分の乗用車ラインの例ですが、図のようにレイアウトされています。9)前処理工程ラインでは、約220m(37分)、電着塗装ラインでは約100m(17分)、焼付け乾燥ラインでは約240m(40分)になっています。前処理工程の中で“表調”と表示されているのは、表面調整と呼ばれるリン酸亜鉛の結晶化を進めるための化学的な処理を行う工程です。次に続く化成皮膜形成工程を含めて約10分を要しますが、ここで、化成皮膜が形成されます。

乗用車の前処理工程と電着塗装工程の概要

 

(1)化成皮膜形成に及ぼす表面調整剤の役割

表面調整剤は、一般に、チタン化合物やリン酸やナトリウムなどの混合物からなり、これらを常温の水に溶解させ、リン酸チタン微粒子のコロイドで使用します。被塗物をこの液中に浸漬させると、素地金属が溶出すると同時に、金属表面にはリン酸チタンが吸着されます。これがリン酸亜鉛結晶の成長基点になり、成長した結晶の付着活性点にもなることで、リン酸亜鉛皮膜結晶を微細化します。その結果、浸漬温度の低下(45℃以下)、短時間化、薄膜化を実現しています。表面調整剤による処理作業は単純に浸せきするだけで、時間的には30 ~ 120秒の工程です。表面調整剤の有無、皮膜化成処理方式の違い(スプレーでやるか、浸せきでやるか)がリン酸亜鉛皮膜の結晶形態にどのような影響を及ぼすかを調べた結果を図3-33に示します。10)

リン酸亜鉛皮膜結晶形成に及ぼす表面調整工程の有無、皮膜形成方式の影響

 

注目すべきは、表面調整工程の有無の影響です。図から明らかなように、この工程がないと、皮膜結晶の形成ムラが大きいことが分かります。この状態で電着されると、皮膜結晶の無い部分は電気抵抗小のため厚膜になり、焼付け後の塗装面の表面あらさの均一性を阻害します。当然ですが、化成皮膜の無い部分からはさびが発生しやすくなります。さらに、図(a)、(c)を見ると、結晶形態は皮膜形成方式で大きく異なることが分かります。スプレー処理をすると針状(板状)粒子、浸せき処理をすると丸い(もしくは直方体)結晶になります。より均一な状態が望まれ、浸せき処理が採用されています。とくに、1970年代に、化成皮膜処理として浸せき方式を採用したことで車体の袋構造部内面の処理が可能になったこと、さらに、同時期に電着方式をアニオンからカチオンに変更したことにより、車体全体の防錆効果が明らかに向上しました。

 

(2) 新規化成皮膜処理について11)

ジルコン処理と呼ばれる新方式は

  1. 金属の溶出を抑制し、反応スラッジ量をリン酸亜鉛法に比べて約1/10に削減できること
  2. 富栄養化物質であるリンを使用しないこと
  3. 皮膜形成に結晶化が不要のため、表面調整工程を削減でき、処理時間が60~120秒程度に短縮されます。

皮膜は図3-34に示すように、従来のリン酸亜鉛処理に比べて緻密であり、ジルコニウム(Zr)と電着塗料樹脂が化学結合するから防錆性能は向上します。反面、皮膜の電気抵抗が大きいため、電着塗料のつきまわり性の低下と電着の膜厚ムラを発生させます。まだ、本格的な導入が始まったばかりですが、近い将来には環境対応に叶った表面処理方法になって行くと考えられます。

ジルコン系化成皮膜の概要

 

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)坪田実:“ココからはじめる塗装”、日刊工業新聞社、p.8-25(2010)
2)坪田実:“工業塗装入門”、日刊工業新聞社、p.12-13,29,31,34-35(2019)
3)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”,日刊工業新聞社,p.47,51,52,53,55-59,63,81,83(2008)
4)辻田隆広:“第60回塗料入門講座テキスト”,p.179(2019)
5)坪田実:“目で見てわかる塗装作業”,日刊工業新聞社,p.8-24,102-104(2011)
6)職業能力開発総合大学校編:“木工塗装法”,職業訓練教材研究会,p.92-100(2008)
7)坪田実:“塗料と塗装のトラブル対策”,日刊工業新聞社(2015)
8)坪田実:“塗料と塗装の基本と実際”,秀和システム(2016)
9)杉崎勝久:表面,Vol.53,No.5(2002)
10)石井均:表面技術,Vol.61,No.3(2010)
11)平澤秀公:色材協会関東支部平成28年度塗料講演会テキスト,p.33-39(2016)
12)職業能力開発総合大学校編:“塗料”,雇用問題研究会,p.115(2007)
13)坪田実:塗装技術,2007年9月号,p.111-119,理工出版社
14)日産自動車、静電塗装用塗料及び静電塗装方法、特開1997-235496
15)ランズバーグ社マイティロボットベル2カタログより
16)佐藤正之、佐賀井武:第4回液体の微粒化に関する講演会講演論文、p.49(1975)
17)塗料報知新聞社:“粉体塗装技術要覧第4版”,p.72(2013)
18)森田忠夫:色材,Vol.85,No.7,297(2012)
19)柳田建三:塗装工学、Vol.51.No.9,297-302(2016)
20)川上塗料(株)解説資料

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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