工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料をより深く理解するために 5-1塗料選択の根拠について

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第5章 塗料をより深く理解するために

5-1 塗料選択の根拠について

公開日:2023年7月12日 | 最終更新日:2024年4月17日

  4章では、人類が時代と共に塗料とどのようにつき合ってきたのかを究明したく、塗料の変遷を取り上げてきた。しかし、塗料は食料品でも、衣類でもないから、クローズアップされることはなかったが、住居の保護や美観、あるいは生活用品、とりわけ什器や容器類の中で細々と貢献してきた。本章では、塗料をより深く理解するために、樹脂の主鎖を形成する化学構造や橋かけ反応を取り上げる。

  樹脂の役割は連続被膜を形成することであり、次の2点に集約される塗料の必要条件を満たすために活躍している。

  • ①流動して、塗れること
  • ②付着して、固まること

  著者は樹脂を通して塗料を見るときに以下の項目を重要視している。

  • A.塗料中における樹脂の形態-塗料中でどんな形態で存在しているのか
  • B.塗膜形成-塗膜になったら、チョコとクッキーの2種類しかない
  • C.塗膜性能-樹脂に依存することが多い

  AとBについては、すでに第2章2.2で解説しているから、お目通し願いたい。本稿では、Cの塗膜性能の違いを分かり易く解説する。

1.樹脂選択の根拠

  塗料の名前を列挙すると、ニトロセルロース(硝化綿)、アルキド(ポリエステル)、アクリル、ウレタン、エポキシ、フェノール、シリコーン、ふっ素樹脂など数多くある。例えば、以下の(1)~(4)に適合する塗料(樹脂)として、どんな塗料を選ぶかと質問されると、著者は次のように答える。

質問 回答
1.1 金属に良く付着する塗料は? エポキシ樹脂、硝化綿、ポリエステル樹脂
1.2 耐候性が良い塗料は? ふっ素、シリコーン、ポリウレタン樹脂
1.3 耐アルカリ性、耐薬品性が良い塗料は? ふっ素、フェノール、エポキシ、アクリル樹脂
1.4 耐水性が良い塗料は? フェノール、エポキシ樹脂、硝化綿

  耳学問や文献などで樹脂の特徴や化学構造を大まかに学習していると選択できるが、どのような樹脂からなる塗膜なのか、チョコなのか、クッキーなのかが分からないと、何と答えて良いのか悩む。本章では、沢山の樹脂に対して解説できないが、与えられた用途に対して、樹脂選択の根拠や基準をつかむように努力してもらいたい。少しでも、つかむことができたら、大きな収穫になる。

  前述の質問に対する塗料選択は樹脂選択と考えて良いから、樹脂選択の根拠を述べる。

1.1 金属に良く付着する塗料は?

  金属(鉄鋼)に対する付着性には、極性基-OH、-COOHを有する樹脂を選択する。図5-1に示すように、鉄鋼表面には水分子が吸着しているから、樹脂の極性基を作用させて、水素結合を作らせる。図5-1はグレーザーが提案した水素結合による接着メカニズム1)であり、約70年を経過した現代でも有用である。

図5-1 グレーザーが提案した水素結合による接着メカニズム
図5-1 グレーザーが提案した水素結合による接着メカニズム

1.2 耐候性が良い塗料は?

  樹脂の耐候性は表5-1に示す原子間の結合エネルギーを基準に考えると良い。地表に届く紫外線(UV)には310 ― 400nmが含まれ、C-C連鎖からなるアクリル樹脂では、計算上339nmのUVで切断される。一方、結合エネルギーの大きいC-F結合を有するふっ素樹脂やSi-O結合を有するシリコーン樹脂からなる塗膜は図5-2に示す塗膜の60°鏡面光沢度~促進暴露時間関係曲線2)からも実証されているように耐候性は良好である。下塗りから上塗りまでの全てに耐候性の良い樹脂を使用しなくても良い。塗料は多層系で使用されるから、耐候性の良い樹脂を上塗りに採用すればよい。下塗り、中塗り塗料にはそれぞれ防錆性や、衝撃吸収性などが求められる場合、その機能を発揮する様に塗装系(下塗り~上塗り塗料の組合せ)が選択される。

表5-1 樹脂を構成する2原子間の結合エネルギーの比較

表5-1 樹脂を構成する2原子間の結合エネルギーの比較
図5-2 塗膜の光沢保持率の経時変化に及ぼす樹脂の種類による影響
図5-2 塗膜の光沢保持率の経時変化に及ぼす樹脂の種類による影響
【促進耐候性試験機:キセノンウェザーメーター(JIS K 5600-7-7 キセノンランプ法)】

なお、塗膜の耐候性は樹脂の結合エネルギーのみに支配されるものでは無い。塗膜物性面からの検討も重要である。収縮応力の発生や応力集中で塗膜が割れたりすると、塗膜は劣化する。一般にウレタン結合を有するポリウレタン樹脂塗膜は樹脂設計でたわみ性を向上させることが可能であり、応力集中の起きにくい塗膜に調製できる。現在、多くの塗料でウレタン結合による橋かけ反応が採用されている。

図5-3 元素の電気陰性度
図5-3 元素の電気陰性度

1.3 耐アルカリ性、耐薬品性が良い塗料は?

  耐アルカリ性の良い塗膜として、樹脂を構成する原子間の電荷の偏りが小さいものを選ぶと良い。電荷の偏りを比較するときには図5-3に示す元素の電気陰性度の大きさを調べると良い。元素の電気陰性度は図中の矢印の向きに大きくなる。すなわち、1族のFr(フランシウム)が一番小さく、17族のF(フッ素)が一番大きい。

  炭素とケイ素は14族の元素であり、酸素と結合すると大きな特徴を表す。
図5-4に示すように、エーテル結合は有機ポリマーの特性(共有結合性)を有し、シロキサン結合は無機ポリマーの特性(イオン結合性)を表す。電荷の偏りは2原子間の電気陰性度の差が大きいSi-O-Si結合の方がC-O-C結合よりも大きい。実際に、アルカリ水溶液をガラスビンに保管すると、ガラスビンが加水分解されて白濁してくる。アルカリ性の粉末や液体をポリエチレン製ビンに保管すると、異常が出ないのはC-C結合のため原子間で電気陰性度の差はなくなるためである。ベンゼン環を多く含むフェノール樹脂やエポキシ樹脂が耐薬品性に優れるのは電荷の偏りから説明できる。

図5-4 酸素と結合した炭素とケイ素の違い
図5-4 酸素と結合した炭素とケイ素の違い

1.4 耐水性が良い塗料は?

  樹脂の耐水性の良否はガラス転移点(Tg)で比較でき、一般にTgの高い樹脂の方が耐水性は良い。図5-5(a)に示すように、樹脂 (ポリマー)の自由体積はTg以上で増大し、ガスや水分は透過しやすくなる。3)この事を実証する実験例を示す。

図5-5 塗膜の耐水性の支配要因としてTgを取り上げる根拠
図5-5 塗膜の耐水性の支配要因としてTgを取り上げる根拠

  天然ゴムの透湿係数(P)から求めたlogPと1/T(Tは絶対温度K)との関係を 図5-5(b)に示す。3)

  両者が直線関係を示し、logPと1/Tとの直線の傾きがTg=0℃を境にして、明らかに異なることがわかる。直線の傾きが大きいほどガスや水分は透過しにくいことを示している。Tg以下における直線の傾きがTg以上のそれに比べて約3倍大きいことは、透湿、透過現象が自由体積と相関することを示している。なお、logPと1/Tとの直線の傾きは透過に要する活性化エネルギーの大きさを表し、樹脂の自由体積が増すほど、透湿しやすくなる。

  以上のことから、樹脂の透湿、透過現象はTgと密接に関係し、耐水性の良い塗膜を設計するには、Tgの高い樹脂の採用が効果的である。実用的には、環構造を多く含むフェノール樹脂やエポキシ樹脂を採用して、塗膜のTgを高めると良い。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔参考文献〕
1)J. Glazer :J. Polymer Sci., 13, 355 (1954)
2)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.117 (2008)
3)中道敏彦:“塗料の流動と塗膜形成”, 技報堂出版, p.241, p.267 (1995)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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