工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その6) 4-8油性塗料時代 洋館旧岩崎邸の塗装片から見た塗料と塗装2

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-8 油性塗料時代 洋館旧岩崎邸の塗装片から見た塗料と塗装2

2.塗装片の分析と解析

2.1 年代推定の“ものさし”

前回の図4-10に塗膜断面の解析結果をまとめ、この中に第1~4区間までの推定年代を示した。これらは各区間が開始された年代であり、各区間が存在した期間ではない。分析結果を解析する場合、年代を特定する“ものさし”が必要である。幸いなことに、明治から現代までに塗料の原料は大きく変わったので、“ものさし”になるのは塗料原料の変遷であり、これを図4-12に示す。

図4-12 塗料成分の変遷
図4-12 年代推定の“ものさし”-塗料成分の変遷

終戦を境にしてビヒクル固形分は重合油から長油性アルキド樹脂に、白顔料は亜鉛華(ZnO、酸化亜鉛)からチタン白(TiO2、二酸化チタン)に変化している。国内でチタン白の生産が始まったのは終戦後の1950年のことである。
本稿では、洋館内装部の塗料と銅板に塗られた塗料の解析が主体になるから、まず初めに、明治時代の高級塗料である油性エナメルと油性ワニス(透明塗料)について説明する。油を原料とする透明塗料をワニスと呼んでおり、現在も、この呼び方が継続しており、原料が油以外であってもワニスと呼ぶ方が多い。語源はVernishであり、ワニスからニスまで幅広い呼び方がある。

(1)油性エナメル-油性調合ペイント

乾性油または半乾性油に空気を吹き込んで加熱した重合油(化学反応で油同士を重合させて作る)に乾燥剤(酸化重合の触媒)を加え、さらにこのボイル油に顔料を練り混んだ塗料が油性調合ペイントである。被膜の主成分(塗膜形成主素)はボイル油のみで樹脂成分を含有しない。一方、次に述べる油性ワニスは松ヤニ(ロジン)やコーパルなどの天然樹脂を含有する。

(2)油性ワニス-透明塗料、クリヤ

乾性油(主として、しな桐油・アマニ油)と天然樹脂(ロジン、コーパル、エステルガムなど)を高温で重合させたもので、油と樹脂の配合割合から、油性ワニスは表4-4のように分類される。

表4-4 油性ワニス
ゴールドサイズ コーパルワニス スパーワニス
樹脂 100 100 100
乾性油 100以下 約150 200~300
主な用途 木材下塗り用
目止め材
金箔貼付け用
家具 木材構造物
(屋外用)

2.2 塔屋部(ドーム)の塗膜断面の解析について

最上級の洋館ゆえ、銅板を加工したドームや半円窓飾り部をはじめ庇や瓦棒に至るまで工芸品のような細工物が屋根・屋上と外装壁面を装飾している。我々が採取した銅板素地にはすべて塗装されていた。先入概念として、銅板を使用する場合、大仏のような自然な青さび(緑青、ろくしょう)を期待するため、塗装しないことが多い。銅に発生するさびゆえ、頃合いを見てさび取りをしなければならないが、ドームまで塗装する事はないだろうと思って居た。銅板の塗装履歴を解析すると、屋上庇、瓦棒には1950年以降と推定できる合成樹脂調合ペイント層のみが認められ、建築当時は銅板のままだったたことが判る。他の箇所は次の様に推定し、復元工事を行った。

(1)建築時には銅板のままだった部位:塔屋部全体、屋上庇、屋上笠木、瓦棒
(2)木部と同じクリーム色の油性調合ペイントで塗られていた部位:窓の半円飾り。この半円飾り部の塗膜層は図4-10と同じ塗装経歴を有していた。

印象に残ったことは図4-13に示すドーム塗膜断面の分析・解析結果である。

図4-13 塔屋頂上部(ドーム)塗膜断面の解析結果
図4-13 塔屋頂上部(ドーム)塗膜断面の解析結果

図中の①層からは、図4-10に示す第2区間と同じ成分が検出されたが、単層ゆえ膜厚は100μm以下と薄い。この上に塗られた②層は図4-10に示すグリーン色の塗膜と同じ成分であった。そして、図中の①層は②層の為の下塗りの可能性が高い。ここで疑問が生じた。図4-10に示す第3区間のグリーン層は空爆の標的にならぬように終戦(1945)前に塗り替えられたと思っていたが、グリーン層がドームにも残って居ることから、次のように考えられる。
終戦後すぐにGHQが旧岩崎邸を接収し、グリーン色に塗り替えたという説が浮かんだ。原色好きで、塗り替え好きの米国民性ゆえ、大いに可能性はありそうだ。日本人ならば緑青の発生している銅板に塗る可能性は低いだろうし。近所の方々を訪ねて、聞き込みをすれば、この疑問ははっきりしたであろう。今となっては遅すぎ、著者の努力不足が悔やまれる。このようなうやむや感が残ったので、図4-10に示す第3区間のグリーン色は戦前の1943年~戦後の1946年の間に塗り替えられたと推定した。

2.3 洋館内部の木材素地に対する仕上げについて 14)

1階廊下の梁、階段の裏および2階階段室から採取した透明塗膜はアセトンに溶解した。その溶液をKBr板に塗付し、赤外吸収スペクトル(IR)分析を行った結果、天然樹脂である松ヤニ(ロジン)と推定できた。ロジンが検出されたことから、透明仕上げに使用された塗料は表4-4に示す油性ワニスと推定できた。おそらく、ゴールドサイズで下塗りを行い、コーパルワニスあるいはスパーワニスを中塗り、上塗りに用いたものと考えられる。

2.4 洋館貴賓室の木製扉などの塗装仕上げについて 14)

残存した塗膜層の分析結果と、職人が伝承してきた高級仕上げ法を(株)アポロ工芸社の高橋保氏が取りまとめ、伝授して復元した。その結果を図4-14にまとめて示す。

図4-14 (a)マホガニー色の扉 (b)チーク色の扉
図4-14 カラーワニスで仕上げられた木製扉

木製扉には高級感を醸し出すことが求められる。前述したスパーワニス(長油性)を用い、これに油性調合ペイント(赤さび、黄土色など)を少し加えて、チーク色やマホガニー色に調色する。これらをカラーワニスと呼び、適切に濃淡を付けて仕上げてゆく。職人用語でかぶせ仕上げと呼ぶ。この技法は筋違い刷毛で刷毛目通しを行う手法であるが、竪桟と横桟が交差する箇所は2回に分けて塗装し、刷毛目通しが均一に行われている。洋館の内装をよりグレードアップするために半透明のカラーワニスを使用したり、隠ぺい力のある油性調合ペイントを使用する。例えば、図4-15に示すように、婦人室の内装は淡いピンク色であったという史実を元に油性調合ペイントで復元された。

図4-15 淡いピンク色の油性調合ペイントで復元された婦人室
図4-15 淡いピンク色の油性調合ペイントで復元された婦人室

この様に、内装の復元には塗膜層の分析結果に加えて、技能要素が欠かせない。図4-9からも、明治時代の塗装技能が優れていることが分かる。塗装系(下塗り、中塗り、上塗りの3層で1回分)を表す線がはっきりとした直線になっていた。塗装系が規則正しく12回程度連続していることが観察できた。素地調整および各塗装工程も念入りに行われていたことを示している。
油性調合ペイントの塗膜は汚れやすく、光沢度の低下も大きい。3年も経過すれば、チョ-キング現象が生じるから、約3年毎に塗り替えられていたと考えられる。この洋館が復元されたのは1995年で、この後、1度も塗り替えられていない。悲しいことである。東京タワーは長油性アルキド樹脂からなる合成樹脂調合ペイント(SOP)で塗装されており、油性調合ペイント(OP)よりもはるかに耐候性は優れている。5-6年毎に塗り替えられているから、いつ見ても塗膜は生き生きとしている。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14) 坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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