工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その9)4-11ラッカー時代合成樹脂塗料時代(その1油とはどんな化合物か)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-11 合成樹脂塗料時代(その1 油とはどんな化合物か)

1.はじめに

  本章は終盤を迎えており、今回より数回で、ラッカー時代に開始された工業塗装をさらに発展させた合成樹脂塗料について解説する。合成樹脂塗料時代の特徴は新車用塗料に代表される。化学反応を予測、制御できる材料開発を進めて塗料を完成させ、その塗料に応じた塗装技術を考案した。その結果、形成された架橋塗膜は優れた工業材料に発展した。
  何事も出発点は大切である。私は恩師から、”油を真似て塗料用合成樹脂が開発された”と教えてもらった。油を学ぶと、なるほどと思ったので、この極意を説明する。まず、油とはどのような化合物で、合成樹脂塗料のモデルと言われる所以(ゆえん)とは何かを説明する。

  本章4-7および4-8で取り上げた旧岩崎邸(1896年完成)に使用された油性調合ペイントと油性ワニスのビヒクル(樹脂成分)はボイル油である。ヨーロッパでは乾性油による油絵具が広まったのは15世紀前半からであり、ボイル油を用いた油性塗料(エナメルとクリヤー)が出現したのは18世紀中頃である。当時の日本は鎖国中でありながら、1641年から1859年まで長崎県の出島で、オランダの東インド会社と交易があった。この間に西洋文明として、ボイル油や顔料に関する情報を入手していたに違いないが、当時は軍艦や造船の必要度が高くなかったから、油性ペイントは注目されなかった。ところが、幕末から明治にかけて造船が盛んになり、油性ペイントの需要が増えた。注目に値することは、1866年(江戸時代の最終年)に、横須賀に造船所と日本初の塗装工場である塗師所(ぬしじょ)が出来たことである。その後、1881年にボイル油、1883年に油性調合ペイントが国産化できた。多くの産業分野から、新時代に切り替えると言う日本国民の意気込みが伝わってくる。

2.油とはどんな化合物か

  油と聞けば、鉱物油と植物油に大別でき、塗料用の油とは植物油(油脂)だろうなと想像するが、知らない事も多い。例えば、オリーブ油(正式にはオリブ油※以下、オリブ油という)は健康に良いと聞くがどうしてか、サラダ油とどこが異なるのか、塗料にも使用されてきたのかなどの疑問が沸いてくる。そんな素朴な疑問にも回答できるように、ちょっと油脂を実用面から学習してみよう。

2.1 油(油脂)の化学構造

  油脂とは図4-19(a)に示すように脂肪酸とグリセリンがエステル結合してできたグリセリンエステル(triglyceride-fatty acid)である。脂肪酸がステアリン酸の場合、示性式はC17H35COOHとなり、炭素数は18になるからC18脂肪酸と呼ぶ。この油脂の分子量は890であり、有機化合物の中で油脂の分子量は大きい。C18脂肪酸には図4-19(b)に示すように、炭素鎖中に含まれる不飽和基(二重結合)の数によって、呼び方が異なる。さらに、図4-19(c)、(d)に示すように、炭素数を増したEPA、DHAでは二重結合の数がそれぞれ5、6ヶになる。この脂肪酸の二重結合の数が油の性能に大きく関係することを以下に示す。

図4-19-a 油脂の化学構造
図4-19-b 脂肪酸
図4-19 (c)C20脂肪酸 EPA:エイコサペンタエン酸 二重結合5ケ/(d)C22脂肪酸 DHA:ドコサヘキサエン酸 二重結合6ケ
図4-19 油脂の化学構造と脂肪酸の種類

2.2 善玉コレステロールか悪玉か?

  脂質は糖類やタンパク質と共に栄養素として不可欠である。血液中に含まれる脂質を血中脂質といい、主なものはコレステロールと中性脂肪である。食事バランスや生活習慣によって、これらが増えると、血管が詰まって、動脈硬化を引き起こす。動脈硬化から、脳梗塞、心筋梗塞、心不全になりやすい。
  血管の詰まりを助長するのが悪玉コレステロールで、これを分解して、詰まりを防止するのが善玉コレステロールである。善玉を増やすための方策として、食事では動物の肉を減らし、青魚を増やすと良い。この意味を考えて見る。

  各種油脂の原料脂肪酸の割合を図4-20(a)に示す。牛脂や豚脂には飽和脂肪酸が多く含まれていて、摂取量が増えると、血管を詰まらせる悪玉コレステロールが増える。一方、青魚に多く含まれる図4-19(d)のDHAは多価不飽和脂肪酸であり、悪玉を分解する善玉コレステロールになる。しかも、中性脂肪も減らすから、動脈硬化を防ぐ働きをする。通常、血液中の悪玉と善玉コレステロールは一定量に保たれており、次式で示す両者の差異を平衡値とする。

平衡値= (悪玉コレステロール)-(善玉コレステロール)

  この平衡値から、(イ)肉類(ロ)オリブ油(ハ)青魚の摂取量を増やした場合に、悪玉、善玉コレステロールがどのように変化するかをシミュレーションした結果を図4-20(b)に示す。

図4-20 油脂の脂肪酸組成
図4-20 油生成コレステロールに及ぼす脂肪の種類による影響
図4-20 油脂の脂肪酸組成と生成コレステロールに及ぼす脂肪の種類による影響

  肉類を摂取すると、血液中には悪玉コレステロールが増え、青魚では善玉コレステロールの方が多くなる。では、前述したオリブ油ではどうなるか?

  オリブ油は原料脂肪酸の約75%が1価のオレイン酸からなり、摂取により僅かに善玉コレステロールが増える。
  地中海沿岸の人達は長寿であり、心筋梗塞になりにくいと言う統計データが発表された時に、その原因はオリブ油であると言う記事がマスコミに取り上げられた。しかし、図4-20(b)を見る限り、オリブ油が主原因とは言い難い。食物繊維は、食事に含まれるコレステロールの吸収を抑えることで悪玉コレステロールを減らすことになる。地中海地方の人達は食物繊維を多く摂取しており、この食事習慣が長寿化に寄与していると考えられる。要は、オリブ油より食物繊維の寄与であろう。
  日本人が長寿であるのも、青魚の他、食物繊維を多く含む野菜類や大豆、きのこ、海藻、果物などを沢山食べるためだと考えられている。蛇足ながら、図4-20(a)に示す大豆油には2価のリノール酸が50%以上含有されていることから、オリブ油よりも善玉コレステロールを増やす効果が大きいと言える。

2.3 乾くか、乾かないか?

  続いて、脂肪酸の二重結合の数が乾燥性に大きな影響を与えるという話に移る。油における乾燥という概念は、酸化重合による分子量の増大を意味する。まず、酸化重合について説明する。

図4-21 油脂の酸化重合の原理
図4-21 油脂の酸化重合の原理

  炭素鎖中の二重結合は図4-21に示すように、共有結合するための電子を持って居るが、相手がいない状態である。酸素も同じで共有できる電子を探している。この状態で両者が出会うと電子が2ヶからなる共有電子対ができ、電子は安定に存在できる部屋を確保する。この事が酸化重合の原理であり、二重結合が多いほど酸素と反応する確率が高まる。油脂は二重結合の数が多い順に、乾性油、半乾性油、不乾性油に分類される。なお、二重結合の数はヨウ素価(ヨウ素の付加量)で判定され、各種油は図4-22に示すように分類される。ここでオリブ油は不乾性油であり、塗膜形成ができないから、塗料では使用されなかった。

図4-22 二重結合の数から見た油脂の分類
図4-22 二重結合の数から見た油脂の分類

  “油性塗料時代”の主役であるボイル油の原料は乾性油である。乾性油に乾燥剤(重合触媒)を入れ、空気を吹き込みながら加熱し、平均で3-4量体にしたものがボイル油である。乾性油の分子量を880とすると、ボイル油の平均分子量は3,000程度になる。同じ酸化重合と言っても、ボイル油に加工する場合と、ボイル油を塗布して乾燥させる場合では重合度が大きく異なる。乾性油が僅かに反応すればボイル油になるが、塗布して乾燥させる場合には高重合度が必要であり、膜厚に注意を要する。塗布すると表面積が増大し、空気中の酸素との重合速度は増すが、厚塗りすると酸化重合速度は大幅に低下するから厚塗りはできない。旧岩崎邸で塗られた油性ペイントの膜厚は各層で約20μm程度であった。

  次回は、油を真似て合成された油変性アルキド樹脂の話をする。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.15, p.18, p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.91 (2008)
14) 坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15) アネスト岩田株式会社80年史(2005)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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