工具の通販モノタロウ 塗料 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 (その1)紀元後~飛鳥・奈良時代

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-3 紀元後~飛鳥・奈良時代

大沼清利氏は塗料の変遷をバインダー(被膜になる成分)に着目して克明にまとめ、国立科学博物館発行の「技術の系統化調査報告 第15集(2010)」に、“塗料技術発展の系統化調査”として報告しています。4)原始時代から現在に至る日本の塗料技術が集大成されている貴重な文献です。色材協会関東支部主催の「塗料入門講座」の“講座ガイダンス” 5)や大沼氏の文献を参考にして、弥生時代から江戸時代までの塗料と塗装に関係する技術を表4-2にまとめます。日本では、紀元前より漆が使用されており、その次に古いのは、柿渋を使用する渋塗りです。膠(以後、ニカワと表示)を使用する丹塗りは7世紀以降のようです。ニカワの原料である獣肉を食べる習慣がなかったために使用が遅くなったようですが、後述する固形墨が作られた奈良時代に盛んになり、表4-2に示す日本最古の配合記録(927年)と言われている黒色エナメルにもニカワが使用されています。

表4-2

6世紀半ばの538年に仏教が日本に伝来し、607年に法隆寺が建立されました。図4-3に示す玉虫厨子(たまむしのずし)は法隆寺に安置されている飛鳥時代(7世紀)の仏教工芸品(国宝)です。6)今から約1200年前に、推古天皇が朝夕拝まれる念持仏として造像されたそうです。出土品ではなく、現存する日本最古の漆工芸品であることに価値があります。本体は木製(樟-クスノキと檜-ヒノキ)で、高さ約2.3mからなり、黒漆の上に密陀絵で模様が描かれているようです。密陀絵とは密陀僧と呼ばれる一酸化鉛を添加した荏胡麻(エゴマ)油をバインダーとする絵の具(油性エナメル)を使用して描かれた絵を意味し、絵の具は煮沸してから、塗られたようです。そして、密陀絵の中に1万枚以上の玉虫の羽を約2ミリ幅の短冊状にして貼り付けたことから玉虫厨子と命名されたようです。この玉虫厨子の密陀絵は油性塗料で描かれた世界最古の装飾品であると言われています。広義には、密陀僧を含まなくても漆の装飾に使用された油絵を密陀絵と呼ぶようです。

このように美術品としても価値のある国宝『玉虫厨子』を現代に再現しようと、累計約4000人の職人が挑みました。製作は主に設計・宮大工・蒔絵・彫刻・錺金具の5つのカテゴリー から成り、2004~2007年の約4年の歳月を経て完成しました。その作品は図4-4に示す様に、見事な出来映えです。詳しくは、引用文献に示すURLをご覧ください。7)

図4-3,図4-4

奈良時代に書道用の固形墨が発明されたことは、画期的です。固形墨とは、掃墨をニカワ中に上手く分散させて固めたものです。油を不完全燃焼させて得られる“すす(煤)”のことを掃墨と呼びます。ニカワとは動物の骨や筋を煮て、タンパク質のコラーゲンを抽出したものです。分子量は数万〜数十万程度と大きく、高分子量体で物理的な強度も大きく、当時から、接着剤として使用されてきました。加熱すれば流動しますが、常温では固体です。この特徴を利用して、固形墨が作られました。硯でする墨は掃墨100にニカワ60(重量比)が標準配合です8)。この時、固形分中に掃墨は62.5%含有されており、塗料分野ではPWC(顔料重量濃度)62.5%と表示します。掃墨は灰墨とも書き、典型的な黒顔料です。現在、工業的に作られる黒顔料のカーボンブラック(CB)の密度は1.8 g/cm3です。掃墨は空隙だらけですが、掃墨がニカワ中に練入されると、掃墨の空隙はなくなり、CBと同じ粒子状態になると考えます。掃墨の体積分率であるPVC(顔料容積濃度)を計算するときには、CBの密度1.8とニカワの密度1.2g/cm3を用いて、PVCは 52.6%と計算できます。全体積の50%以上が掃墨となりますが、この顔料濃度(PWC、PVC)が適切かどうかを考える場合、硯で擦る時の固形墨の強度、文字を書く時の墨汁の濃さを考えざるを得ません。試行錯誤して掃墨の分散性の改良や、固形墨の配合を決めた事でしょう。今から1,300年も前に、固形墨を発明した事に敬意を表します。これぞ顔料分散の原点です。

執筆: 川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

〔引用・参考文献〕
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会,p.126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm 茶の湯の森 (nakada-net.jp) で検索してください。平成の玉虫厨子は茶の湯の森 美術館にて常時公開しています。
8)墨運堂のWEBサイトhttps://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データより引用

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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