工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料をより深く理解するために 5-8 塗料用樹脂のはなし(5)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第5章 塗料をより深く理解するために

5-8 塗料用樹脂のはなし(5)

公開日:2025年8月27日 | 最終更新日:2025年10月9日

4.アクリル樹脂塗料の設計

4.1 塗料用アクリル樹脂

  現在、アクリル樹脂は塗料用樹脂として、最も多く使用されている。なぜ、使用量が多いのかというと、塗料に求められる性能を装備しやすいからである。具体例を挙げて説明する。

水の存在下で樹脂を合成する乳化重合のモデル図
図5-48 水の存在下で樹脂を合成する乳化重合のモデル図

(1) どんな被塗物に対しても塗れること。被塗物に応じた乾燥機構で塗膜を形成できること。顔料分散性や、塗膜の諸物性、とりわけ耐候性、耐久性の制御範囲を広く設計できること。

(2) 地球温暖化を防ぐ環境対応(カーボンニュートラル)やSDGsを意識したものづくりに 大きく貢献できること。この大きな用途として、図5-48に示すエマルション樹脂塗料が特筆できる。モノマーが有機溶媒中にあっても、水中にあってもラジカル重合でポリマーになるのはアクリル樹脂の特徴である。本モノタロウ講座では、第4章の4-17で、VOC削減型塗料としてアクリル樹脂エマルション塗料を取り上げているからお目通しされたい。

塗料用アクリル樹脂の原料モノマー(単量体)の基本構造
図5-49 塗料用アクリル樹脂の原料モノマー(単量体)の基本構造 6)

  まず、アクリル樹脂とはどんな樹脂なのかを説明する。アクリル樹脂の原料モノマーは図5-49に示す二重結合を有するアクリレートとメタクリレートである。図中のR1がHならばアクリレート、CH3ならばメタクリレートと呼ぶ。スチレンやアクリルアミドも二重結合を有するからアクリル樹脂の原料モノマーとして使用できる。とくに、スチレンモノマーを共重合したウレタン用ポリオールは塗料粘度を下げ、塗膜の乾燥性も向上するため有用である。アクリル樹脂の主鎖はポリエチレンと同じメチレン結合であるのに、側鎖のR2にアルキル基、エポキシ基、水酸基、カルボシキル基、ベンゼン環、シリコーンオリゴマーなどいろいろなもの(ペンダント)を付けて、樹脂性能を発揮させることができる。樹脂設計が自由にできるよと言われても、基本的な観点が必要だろうから順に説明する。



4.1.1 樹脂の骨格(主鎖)

  主鎖の硬軟はアクリレートを選ぶか、メタクリレートを選ぶかに依存する。エポキシ樹脂でも説明したように、分子鎖の熱運動性はポリマーのTgに反映するから、骨格の硬軟はポリマーのTgが目安になる。図5-50の右下にあるTgと分子量の関係図から、ポリマーのTgは分子量に依存し、分子量が数万以上になると一定値に収束することが分かる。また、同一モノマーからなるホモポリマ-のTgは図5-50に示すようにR1とR2の種類で変化する。側鎖の長いR2を有するほど、塗膜のたわみ性は増し、ホモポリマーのTgは低くなる。

原料モノマーの異なるアクリルホモポリマーの化学構造と塗膜のTg
図5-50 原料モノマーの異なるアクリルホモポリマーの化学構造と塗膜のTg 6)

4.1.2 クッキータイプの塗膜になるためには

クッキー塗膜を形成するために必要なアクリルポリオールの例
図5-51 クッキー塗膜を形成するために必要なアクリルポリオールの例 6)

  クッキー塗膜になるためにはアクリル樹脂の末端に-OHを有し、これが架橋樹脂と化学結合してジャングルジムを形成することである。-OHを有するポリマーをポリオールと呼ぶ。図5-51に示すように、アクリルポリオールには塗料・塗膜として装備したい機能性があるから複数のモノマーが選択される。このように2種類以上のモノマーから合成されたポリマーをコポリマーと呼ぶ。-OHを有するモノマーと同時に-COOHを有するモノマーも選択するが、これは、-COOHが塗料の橋かけ反応の触媒として機能するからである。

ウレタン用アクリルポリオールのモノマー組成例と計算Tg の求め方
図5-52 ウレタン用アクリルポリオールのモノマー組成例と計算Tg の求め方 6)

  アクリル樹脂の典型的な橋かけ型塗料は常温で硬化する2液型ウレタン用と焼付け用に大別される。ここでは汎用的なポリオールを呈示し、モノマー組成の違いや官能基のモル数をどのように表すかについて説明する。常温硬化2液型ウレタン用ポリオールのモノマー組成の一例を図5-52に、焼付け用ポリオールの一例を図5-53に示す。 ポリオールのモノマー組成がわかれば、Foxの式を用いてアクリル樹脂のTgを計算で求める。その様子を図5-52に示す。焼付け用のアクリルポリオールでは計算Tgを40℃に、ウレタン用のポリオールでは20℃を目安に設計する。さらに、ウレタン用ポリオールの反応性を上げたり、塗膜にたわみ性を付与するためにはポリオールの計算Tgが-10℃位になるようにモノマー選択を行う。

焼付け用アクリルポリオールのモノマー組成例 と特性値
図5-53 焼付け用アクリルポリオールのモノマー組成例 と特性値 6)


4.1.3 ポリオール中の官能基のモル数

  図5-52に示すモノマー組成を見ると、-OHを有するモノマー(メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、略称2-HEMA)はポリオール100g中に23g存在する。この時、-OHのモル数は2-HEMAの分子量130から、23/130として、0.177モルと計算できる。同様に、-COOHを有するモノマー(メタクリル酸)の組成から含有率は1/86として、0.012モルと計算できる。水酸基価(OHv, OH価)、酸価(Av)はそれぞれポリオール1g中に含まれる-OH、-COOHのモル数をKOHのmgに換算した値であるから、OHvとAvは次式で計算できる。

  • OHv = (23/130)/100*56.1*103= 99.3  (5)
  • Av = (1/86)/100*56.1*103= 6.52  (6)

  水酸基(-OH)当量とは、エポキシ当量と同様な特性値であり、-OHを1モルヶ配合するのに必要な樹脂の質量(g)である。OH価(OHv)と水酸基当量は次式で換算できる。

  • 水酸基当量 = (56.1*103 )/OHv  (7)

  (7)式のOHvに(5)式の99.3を代入すると、このポリオールの水酸基当量 は565〔g/mol〕となる。モノマー組成が分からなくても、ポリオール溶液のOHvが分かれば、(7)式で水酸基当量が求まる。OHvが分からない時には、化学分析が必要になる。化学分析には高度なテクニックが必要であるから、樹脂の購入時には、樹脂溶液の固形分、OHvとAvを必ず確認し、データを保管しておくことを勧める。この時に、OH価が(ワニス)となっていれば、ポリオール溶液の値である。たまに、モノマー組成からの計算値を示すこともあるからワニスなのかどうかを確認しておくこと。以下に確認ポイントをまとめる。

*1 アクリルポリオールを合成するときには有機溶媒中で行い、合成後にポリオール溶液の不揮発分NV(%)、OHv、Avを測定する。図5-52に示すポリオールはトルエン/酢酸ブチル(50/50)中で合成され、NV 49.7%、Av 4.8と実測されているが、OHvは50と記されている。(5)式の99.3はNV100%のOHv(計算値)であるから、NV 49.7%では、OHv =99.3*0.497=49.3 になる。繰り上げてOHv=50と表示している。OHv =49.3 を(7)式に代入すると、水酸基当量は1138 g/molとなる。OHv はNV%に比例するから、NVが50%であれば、NV100%比べて約2倍、ポリオール溶液を配合しないと-OHを1モルヶ配合できない。よって、ワニスのOHvが塗料配合には重要である。
**2 OHvは不揮発分NV%に比例するから、NV 100%に換算した値(固形分値)で官能基のモル数を比較すること。当然のことながら、OHv が高いほどポリオール中に-OHの数が増大する。当量配合で塗膜を調製するならば、OHv が高いほど塗膜の橋かけ密度は高くなり、ジャングルジムの目の粗さは細かくなる。
***3 OHvの測定は手間がかかって難しい。日本分光株式会社が近赤外分光法でOHvの計測法を開発した。概要を次のURLでご覧あれ。
https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/applicationdata/FTIR/100-TR-0281.html

OHvの実測には手間がかかるからモノマー組成から求めた方が効率的である。
水酸基価(OHv, OH価)、酸価(Av)の実測にはKOHを使用して、中和滴定を行う。それゆえに、OHv、Avの表示にはKOHのmgに換算した値を使用する。KOH、1モルの質量は56.1×103mgである。



執筆: 坪田 実

〔参考・引用文献〕
1)J. Glazer :J. Polymer Sci., 13, 355 (1954)
2)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.117 (2008)
3)中道敏彦:“塗料の流動と塗膜形成”, 技報堂出版, p.241, p.267 (1995)
4)平山令明:“暗記しないで化学入門”, 講談社, p.29, 76 (2004)
5)北岡協三:“塗料用合成樹脂入門”, 高分子刊行会, p.140 (1979)
6)坪田実:“図解入門 よくわかる最新 塗料と塗装の基本と実際”, 秀和システム,p.57, p.65-89, p.93-113, p.298-299, (2016)
7)木下啓吾、坪田実、長沼桂:J.Jpn.Soc.Colour Mater.(色材), Vol.68, No.7, p.441 (1995)
8)垣内弘 編 著 : "新エポキシ樹脂", 昭晃堂 , 585-621 (1985)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

目次をもっと見る